知財戦略

自己の氏名を含む商標で商品のオリジナル性、独創性を訴える商品戦略Ⅲ

【氏名を含む商標の登録保護の状況;その3】

 〈3-1〉氏名を含む商標登録のもう一つの流れ

 氏名を含む商標を登録したいという出願人の願いを障害するのは、商標法第4条1項8号であり、同姓同名の他人が存在することです。

 それゆえ、一義的には他人の氏名と出願にかかる氏名とが同一でなければよいのです。それゆえ、氏名商標を登録したい出願人は、氏名商標の氏名を文字通りの氏名から少しでも遠のくような工夫しています。例えば、氏名表記に英文字を使用する、氏と名との間にスペースを入れないようにする、連続したカタカナ表記にするなどです。このようにすることにより、登録が認められることもあったようです。

 しかし、令和元年のKENKIKUCHI事件、令和2年のTAKAHIROMIYASHITA TheSoloist. 事件における知財高裁判決でこのような手法に完全にブレーキがかかりました。

 KENKIKUCHI事件では、原告出願人は、『 「KENKIKUCHI」の大文字の欧文字10字を,氏と名の間に空白を入れることなく,整然と一列に並べるものであるから,氏と名を判別することがそもそも想定されておらず,他人の氏名として客観的に把握され,当該他人を想起・連想させるものではない。』等の主張をしました。

 これに対し知財高等裁判所は、『「KIKUCHI」は,「キクチ」,「KEN」は「ケン」と読まれるものであって,これに接した取引者,需要者は,前者から日本人の姓氏である「菊地」や「菊池」(乙1~3)を,後者から「健」等の日本人男性の名(乙4)を連想,想起する。』等の判断を示し、当該商標の登録を拒絶した特許庁を支持しました。

 また、TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist. 事件においては、原告出願人が、『本願商標は,「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」の文字を,標準文字で,同大,等間隔に書して外観上まとまりよく一体的に表して成る構成であって,一体不可分の態様として把握されるものであり,他人の氏名等として客観的に把握されかつ他人を想起,連想させる態様で表示された「氏名」等を含むものではない。』等の主張を行ったのに対し、

 知財高等裁判所は、『「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,無理なく一連に発語することができ,「タカヒロミヤシタ」という称呼が自然に生じるところ,証拠によると「タカヒロ」を読みとする名前(「孝大」,「孝弘」,「隆広」,「貴大」,「貴弘」等)が,証拠によると「ミヤシタ」を読みとする姓氏(「宮下」)が,それぞれ日本人にとってありふれたものであることが認められる。』、『本願商標の構成のうち「TAKAHIROMIYASHITA」の文字部分は,「ミヤシタ(氏)タカヒロ(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は「人の氏名」を含む商標であると認められる。』等の判断を示し、本願商標は,商標法4条1項8号に該当すると判決したのです。

商願2017-69467号

商願2017-126259号

 また、これらの事件についての知財高裁判決は、商標法第4条第1項第8号の規定の趣旨について、「肖像、氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにある」という上記最高裁の判例を踏まえた上で、他人の氏名」を含む商標については原則として商標登録を受けることができないため、この判断にブランドの著名性が影響を与えることはない、と判示しています。

 よって、著名性の位置づけがマツモトキヨシ商標における場合とは異なっています。そして、これらの解釈は常識的ですが、この解釈からすると、同姓同名の他人が存在するときは、そのすべての他人の承諾を得なければならないことになり、氏名商標の商標登録が難しくなってしまいます。

 KENKIKUCHI事件等の判決は、上記「マツモトキヨシ」商標についての知財高等裁判所の判決前にでているので、上記「マツモトキヨシ」商標における判断は、当然にこれらの判決を知った上でなされていると考えられます。

〈3-2〉同姓同名の人が存在していても一定期間を過ぎると有効

一旦登録になった氏名商標は、その後生まれた同姓同名の人の存在により、その登録商標が無効とされることはありません(商標法第46条第1項第6号)。

また、一旦登録になり、その後5年を経過してしまうと、その後に他人の氏名を含んでいることを理由に商標登録の無効を請求することができなくなります(第47条第1項)。 つまり、同姓同名の他人が存在する「氏名商標」であっても、一旦登録が認められ、除斥期間の5年が無事に経過してしまえば、永続的に保護されることになります。(次号につづく)

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