【氏名を含む商標の登録保護の状況;その2】
〈2-1〉「マツモトキヨシ」商標の登録
その1に記載した最高裁判決(平成15年(行ヒ)第265号)以降においても、特許庁は、同姓同名の他人の承諾がなくとも、登録を認めています。
例えば、下記マツモトキヨシ商標は、前記最高裁判決(平成15年(行ヒ)第265号;2003年)の後の2013年に出願されていますが、同姓同名の他人の承諾を得ることなく、商標登録されています。
(左から商標登録第5614667号、商標登録第5614668号,商標登録第5614669号)
これらの商標の登録は、上記最高裁が判示した「他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任において当該他人の承諾を確保しておくべきものである」とする商標法第4条1項8号の立場からすると少し違和感がありますが、前記最高裁判決はマツモトキヨシ商標とは直接関係のない別個の事件に対するものなので法律的問題はないのでしょう。
しかし、裁判所と行政庁の判断にチグハグ感があり、すっきりしません。この点についてさらに敷衍します。
〈2-2〉「マツモトキヨシ」音商標
「マツモトキヨシ」音商標は、上記した「マツモトキヨシ」商標が出願され登録された後の2017年です。出願人は同一ですが、「マツモトキヨシ」音商標(商願2017-007811)は、特許庁の審査において拒絶になっています。
「マツモトキヨシ」音商標は、マツモトキヨシ(・・・・・・・)という音声を言語的要素として含んでいるものであり、同一出願人の出願であるので、他に特段の不備がなければ、上記3つの「マツモトキヨシ」商標と同様、商標登録が認められてしかるべきものです。
しかし、この「マツモトキヨシ」音商標は、特許庁の審査において拒絶となり、拒絶査定不服審判(裁判の一審に相当するもの)においてもこの審査結果が支持され、拒絶審決となっています。
マツモトキヨシ音商標(商願2017-007811)
この結論は、前記最高裁の判示内容(平成15年(行ヒ)第265号)を尊重した判断と思われます。この拒絶審決に対して、出願人は、知財高等裁判所に審決取消訴訟を提起(知財高裁令和2年(行ケ)第10126号;2020年)しました。この訴訟における被告特許庁の主張と裁判所の判断は、興味深いものです。
すなわち、被告である特許庁は、商標法第4条1項8号の趣旨を前記最高裁が判示したと同様に解釈し、同姓同名の他人の承諾を得ていないことを理由に、拒絶審決の正当性を主張したのです。これに対し、知財高等裁判所は、肩透かし的な意外な判断を示しました。
知財高等裁判所は、「他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される」という前記最高裁の判示内容(平成15年(行ヒ)第265号)を踏まえたうえで、
商標法第4条第1項第8号は、『出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、・・・・他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものではない』し判示しました。
その上で、小売等業務などにおけるマツモトキヨシの著名度を認定し、『本願商標に接した者が,本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」,企業名としての株式会社マツモトキヨシ又は原告のグループ企業であって,普通は,「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」,「松本潔」,「松本清司」等の人の氏名を連想,想起するものと認められない。』としました。
つまり、マツモトキヨシ音商標の音であるマツモトキヨシは、ドラグストアの店名などを想起するものであって、他人の氏名を含まない商標であると認定したのです。
これにより、マツモトキヨシ音商標は商標登録されたのです。しかし、他人の人格的利益を保護するという観点からは、その氏名商標が「著名」であるか否かは本来的に関係がないはずです。
また「マツモトキヨシ」という音声が、『一般人に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない』とするのは乱暴な結論のように思えます。メロディにのっているとはいえ、マツモトキヨシ音商標においては、「マツモトキヨシ」という名前が明瞭に発音されているので、一般人の感覚からすると、「松本清」,「松本潔」,「松本清司」等の人の氏名を商標にしたものと受け取られるように思います。
この判決は、周知な氏名商標を何とかして保護しようとして、あえてこのような屁理屈(緻密なこじつけ)を作り出したように思えます。
この判決は、商標法第4条1項8号の問題点を浮かび上がらせるという点で納得(?)できる判決です。この判決により、商標法第4条1項8号を改正しようとする機運がつくられたのではないかと思います。(その3へ)